京都府高青年沖縄平和ツアー2010--その①

 

辺野古

 京都府立高等学校教職員組合(京都府高)の組合結成60周年記念企画の一環として、12月26日から28日まで沖縄平和ツアーを開催しました。
 降りしきる雪を掻き分けながら、京都府下各地から15人の青年教職員が参加しました。
 
 日記風の報告レポートと感想です。   

 

 
  8:00 大阪空港集合。まだ全員が顔を合わせたことがないことと、前日の雪のために遅刻したり、寝坊したりする人が出るのではないかとの心配をよそに、全員時間どおりに集合。エライ、さすが。(拍手)チケットの配布や簡単な自己紹介の後、青年部長がだしていた「沖縄について調べてくる」という宿題を、分担ごとにみんなに配布。真面目。(再び拍手)  
  
 そして、飛行機の中では、前夜取れなかった分を取り戻すように、ほぼ爆睡。
  
 11:35 那覇空港着。悪天候のため予定より15分遅れ。空港の売店でお弁当を買い込み、貸し切りバスに乗り込むときには台風かと思うほどの強い風と雨。「沖縄は温かいと思ってたのに……」とひとしきり恨み声が。でも、ガイドを引き受けてくださった沖教組那覇支部K先生の笑顔に、一安心してスタートしたのでした。気温は10度。「今日の沖縄は今年一番の寒さです。」と聞きながら、車中で弁当をほおばる。
  

【参加者の感想①】  特に印象深いのは、最初に行ったアブチラガマです。実際に何百人もが亡くなった真っ暗な自然洞窟です。 入る前に一礼したあとで、湿気となんとも言えない空気感の中、懐中電灯の光をたよりに足場の悪い道を進んでいきました。懐中電灯を消すと、本当に何も見えず、しずくの滴る音だけが響いていました。こんな場所で、私より若い女学生が、食べ物も限られ、自分の命も危うい中で、他人のために働かなければならなかったなんて、どんな気持ちだったでしょう。 見学を終え、真っ暗な中からやっと地上に出てこられた時、本当に光のありがたみを感じました。その地上も、ここで生活していた人にとったら命の危険にさらされる場所だったなんて。

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【参加者の感想②】  自然洞窟の糸数壕の中は真っ暗で、温度や湿気も関係もあり、入った瞬間に全身が重苦しく感じました。真っ暗で一歩一歩進むのも大変な中での当時の生活がどんなものなのか、実際にそこに足を踏み入れても容易に想像できるものではありませんでした。ひめゆり学徒隊のみなさんは爆撃音を聞きながら、殺されるかもしれないのを覚悟して外へ汚物を運搬し、休憩は立ったままとっていたという話など、当時の話を聞かせてもらった中に、最後まで諦めずに井戸の水を飲み、生き抜かれた方の話がありました。今は蛇口をひねれば簡単に出てくる水が、この時どれだけ必要とされていて、その水があればどれだけの命が助かったのかということを思うと、やり切れない気持ちになりました。

 

ガマ入口は民家の脇

 12:55 糸数壕(アブチラガマ)到着。入壕予定時間は13:00からと決まっていたので、きびきびとしたガイドさんにせかされながら、ヘルメットをかぶり、懐中電灯をレンタルして説明を聞く。入口は民家の裏手にある。壕内は思った以上に広い。そして、電灯を消せば10㎝先も見えないほど暗く、しかも生暖かい。湿気で滑る足許を気にしながら、ゆっくりゆっくりと歩く。ガイドのUさんは凜とした張りのある声で、「沖縄戦で外科病院として使用されたこと、ひめゆり学徒隊の献身的な看護とその最期、日本軍が壕内の一番安全な場所に陣を敷いたこと、湧き出る井戸のおかげで生き延びられた方の話、米軍の壕内への攻撃」などを諄々と1時間かけて説明してくださった。ちなみに、アブチラガマとは「タテに深い自然の洞窟」の意味だそうで、落ちれば出てこられそうにない箇所もあった。

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