| 紹 介「高校生春討」 |
| 「春討」って何だろう? 高校生活を輝かせたいあなたに 「がんばれ春討!」と声援を送るあなたに ぼくは生徒会長になりました! ぼくが春季討論集会(春討)やトークジャム(中丹高校生の集い)の実行委員になったのは、高校に入学してすぐのことです。生徒会書記になったらすぐに、先輩たちから「京都で高校生の集会があるんやけど、実行委員になってくれへんか」といわれ、返事をしてしまったのです。そのことがきっかけで、春討や北部のトークジャムの実行委員を2年間やり、たくさんのことを学びました。 「人前で話せるようになった」「責任を持って最後まで仕事ができるようになった」など、いっぱい得ることができたと思います。先生たちからも「入学してからずいぶん成長したな」といわれると、春討やトークジャムの実行委員をするだけで、自分がこんなに変わるものであろうかと不思議になりました。人前でも自分の考えをすすんでいえるようになりました。家でも、トークジャムの案内状や会議のレジュメ作り、まとめ集作りなどをします。いろいろイメージを浮かべながら、毎日ワープロを打っています。春討やトークジャムで責任ある実行委員の仕事ができ、本当によい経験になりました。 今度、ぼくは生徒会長になりました。実行委員として学んだ多くの経験を生かして、生徒みんなが楽しい学校生活を送れるように、そして何よりも、自分自身が楽しく活動していきたいです。 この作文は、中丹地域のある高校に通うK君のものです。どこにでもいる普通の高校生だったK君が、ふとしたきっかけで春討に出会い、いろんな経験を積んでいく様子がよくわかりますね。高校時代にもいろんな出会いがあります。どの出会いもかけがえのないものにちがいありませんが、k君のような春討との出会いも、きっとみなさんに新しい世界を伝えてくれるものと信じています。 この小さなパンフレットは春討の紹介のために作りました。春討とは、「平和憲法記念『京都高校生の集い』春季討論集会」という長〜い名前を略して「シュントウ」といってるのです。「春討ってどんなことするの?」「春討実行委員ってどんなことするの?」などなど、春討に関する疑問に答えます。春討の魅力が少しでも伝わればうれしいです。 春討の一日 春討は、6月下旬の日曜日、京都市内の高校を会場に行われます。 まず全体会 うたごえやギターの音が聞こえる全体会場に高校生たちが続々と入場していきます。北の丹後や舞鶴・中丹からはバスで会場に到着。口丹や京都市内・南山城の高校生は電車などで会場に来ます。ここにもあそこにも「うわっ、春討や!」の顔、顔、顔。「全体会場はこちらで〜す」「靴は袋に入れてくださ〜い」と、会場案内をする実行委員のテンションもうなぎのぼりです。会場に到着した養護学校生の車いすの介助や、聴覚障害者の仲間への手話通訳も生徒自身の手で行われます。 やがて全体会開会。会場校代表の歓迎あいさつ、生徒実行委員会からの基調報告、高校生のとりくみ発表などが行われます。1998年の春討では、会場校のハンディ・ベル部の演奏が行われ、参加者はステキな音色にうっとり、でした。他にも、和太鼓演奏、『ぼく生まれてきてよかった』の手話合唱など、全体会は高校生の発表の場でもあるのです。 昼休みも休みじゃない! 全体会が終わると昼休み、中庭ではお弁当を食べる輪がたくさんできます。やがて軽快なリズムが聞こえてきます。フォークダンスのはじまりです。参加をよびかける実行委員の声が響き、みるみる二重三重と輪が広がっていきます。さっきまで知らなかった高校生どうしが、手をつないで踊ります。この明るさと楽しさあふれる雰囲気が午後の討論にいかされます。 それと並行して校舎内では、昼食をとりながら司会者が助言者の先生と最後の打ち合わせ会。ちょっと緊張した顔つきで、討論会場の教室に分かれていきます。 春討の中心、分科会討論 春季討論集会というぐらいですから、やはり春討の中心は午後に3時間ほど行われる分科会討論です。「討論なんてダサいなぁ〜」と思われがちですが、これがどうして、春討の大きな魅力なんですよ。 分科会討論の時間になると、参加者が教室に入ってきます。どの分科会に出るかは参加者の自由です。興味のある問題、発言したいことに関係ある分科会、友だちと一緒に… 参加者の動機はさまざまです。みんな初めて顔を合わす人たちばかりで緊張しています。司会者は歌をうたったり、ゲームをしたりしてみんなの気持ちをほぐしていきます。仲良くなったところで自己紹介です。「ぼくはあまり京都に来たことがないけど…」と丹後から来た高校生。「ぼくは養護学校に通っています」と自分の学校を紹介する高校生。「アルバイトしながら夜学校に行っています」と定時制の高校生。普段だったらあまり一緒にならない高校生たちが、一人ひとりの発言に真剣に耳を傾け、自分の思いを語り合います。これが変わらない春討の魅力なのではないでしょうか。 1998年度の春討は、「あなたは話せばわかる人」とのスローガンのもと、次の10の分科会がもたれました。 @「恋愛」〜なぜ恋愛をするのだろうか〜 A「友情」〜本当の友達とは?〜 B「放課後」〜有意義な放課後を過ごせているか?〜 C「進路・未来」 〜親に決められたレールをわたってしまうのか?〜 D「生徒会」〜生徒会は何のために必要なのか?〜 E「人権・差別」〜なぜ人権はあるのか、差別は起こるのか〜 F「平和・憲法」〜真の平和とは?〜 G「高校生の自由・責任」 〜自分が縛られていると感じるときは?〜 H「生活環境」〜すべてにおいて良い環境とは?〜 I「家族」〜家族と本音で話せているか〜 生徒実行委員が何度も何度も話し合って決めた分科会テーマです。分科会によってはいくつかの分散会に分かれて、同じテーマで話し合います。分科会では教職員が助言者なりますが、討論を見守り、最後に感想を発言するだけです。生徒自身が司会や書記を担当して、討論をリードしていきます。 ほんの一部ですが、昨年の春討で分科会の感想を紹介します。「また来年も参加したい」「いいたいことが言えてよかった」など、異口同音に語られています。 「年に一度しかないのがとても残念。春季があるなら、秋季や冬季があってもいいのでは?無理かな?」(「恋愛」17歳男子) 「桂高校のこと、身体障害者の方と学校の設備の実態のこと、在日韓国人のこと、たくさんいろんな人の意見が聞けた。」(「人権・差別」17歳女子) 「もし私が10人いたら、すべての分科会に参加すると思った。私は1年なので、生徒会のことを知りたくてここに来た。きて正解だった。」(「生徒会」1年男子) また来年も会おう! 3時間の分科会討論はあっという間に終わり、最後に再び全体会が行われます。分科会の報告や特別発言が終わると、会場全体に歌声が響きます。「翼がください」「戦争を知らない子どもたち」「陽気に生きようこの人生をさ」… 初めて会った高校生が、肩を組み、歌い、踊ります。「来年もな!」と約束しあう顔と顔。「電話ちょうだいな!」とアドレスを交換しあう仲間たち。新しい出会いと発見で春討の一日は終わっていくのです。 会場の後始末や掃除はすべて生徒実行委員の手で行われます。3月からの活動を振り返り、春討の成功をかみしめ、思い思いの感激を胸に、「お疲れさま!」 会場校のみなさん、本当にありがとうございました。 春討をつくるのは生徒実行委員会 春討を作っていく中心は生徒実行委員会で、3月の準備会から活動がスタートします。実行委員長などの役員の決定、討論部・運営部・対外対策部などの組織づくりが自主的に行われます。ゴールデン・ウィークのころから教育文化センターのプレハブに事務所がオープンし、ここが活動の中心になります。 よびかけ、スローガン、討論の柱、討論資料、パンフレット、ポスターなどが生徒実行委員の手で作成されます。なかでも司会・書記の募集は大変です。百名以上の高校生を集め、司会者会議を開いて打ち合わせを重ねます。 「春討には”何かある”と信じてやってきたし、その思いは絶対正しい、といえる。…実行委員のみなさん、本気でやってみてください。自分が変わるのがわかる。世界が変わるのがわかる。”自分達”というものを確かな実感として感じてください。春討を通じて、広く語り合うことを通じて、より豊かに学んでください。そして感じてください。それが”春討をがんばる”ということです」 これは高校の3年間生徒実行委員をやり、3年で実行委員長を務めたO君が卒業の時に残したことばです。 春討を励ます支援の輪 生徒実行委員会の活動を支えるのは、各学校の教職員実行委員会や教職員中央実行委員会です。多くの生徒の春討のことを知らせたり、カンパをよびかけたりします。 春討は、高校生の大切な自主活動であるとともに、教育活動としても大きな意義があります。以前は京都府教育委員会の後援をいただき、メッセージを寄せてもらいました。ところが、1982年に教育委員会が後援をおり、1987年には府立高校校長会が後援を打ち切ることになりました。春討は、会場確保や財政問題などで困難に直面したのです。 この困難を乗り越えたられたのは、「春討の灯を消してはならない」という多くのみなさんの支援の輪です。会場問題は、私学の校長先生や先生方のご理解で、毎年私立高校を会場に開催しています。PTAや民間教育研究団体の後援をいただき、「春討を守り育てる父母の会」も結成されています。教職員や幅広い府民のみなさんのカンパや支援をいただいて、交通費やバス代・印刷代など約300万円の経費も支えられているのです。 平和と民主主義を問いかけた春討 春討の歴史をひもといてみましょう。1950(昭和25)年、朝鮮戦争がおこったこの年は、日本の再軍備がすすんだ年です。「憲法があぶない!」と、多くの高校生が活発に発言し行動しました。そして1953年5月1日、府立鴨泝高校の講堂で80名の高校生が参加して憲法擁護高校生弁論大会が行われました。これが春討のはじまりです。1957年には、「弁論大会では参加者が発言できない」という声が大きくなり、討論を中心とした形式になりました。そして1962年より「平和憲法記念『京都高校生の集い』春季討論集会」となって、現在まで脈々と続いているのです。 意見表明と参加の場 春討 「私はこの目で体罰の現場をみていた。半年たつまで問題にならなかったのは、こわくて言えなかったからだ。…体罰をおこした先生はもちろん、体罰をもみ消そうとしたり、見て見ぬふりをした先生や校長は最低や。…生徒と先生は信頼しあえる関係が必要だし、学校でも子どもが人間らしく生きられるようにしてほしい」 新聞にも報道された「生徒逆さ吊り事件」があった高校の卒業生は、このように訴えています。 「…問われるべきは制服の是非ではなく、私たちのことが私たちの意見によって決められず、一方的な校長の意見で決められたことに対し、私たちの意見を尊重してほしいと言っているのです。…私たちの意見表明と話し合いを大切にしてほしい。世界中の子どもが発言できるシステム、権利委員の中に子どもの代表を入れてください」 1998年5月、国連「子どもの権利委員会」で、桂高校の生徒はこのように発言しました。 「体罰はやめてほしい」「もっと生徒の意見を聞いてほしい」「校則を考え直してほしい」「学校へ行く意味が分からない、将来も不安だ」… 高校生の切実な声があちこちから聞こえてきませんか?一人ひとりの高校生は未熟で不十分な面をたくさん持っています。しかし大きく成長し、発達する可能性を秘めています。高校生の真剣な討論は、お互いに刺激しあい、共感しあいながら自らを問い直し、学びあっていくのではないでしょうか。春討の輝きがますます増しています。 「子どもは大人の従属物ではない。社会を構成する一員として尊重されなければならない」…私たちに新しい子ども観を投げかける子どもの権利条約が日本で批准されて5年。高校生の意見表明と参加の場、全国に誇る春討を発展させるため、みなさんのご支援をお願いします。 1999年3月 発行:平和憲法記念「京都高校生の集い」春季討論集会 教職員実行委員会 〒606-8397 京都市左京区丸太町新道上ル 教育会館内 TEL 075-751-1640 FAX 075-752-2988 |