内藤過労死裁判基金が上告断念!                           
全面勝利判決確定

 2001年2月20日に大阪高等裁判所は、地方公務員災害補償基金京都府支部(支部長荒巻禎一京都府知事)の控訴を棄却し、一審の京都地方裁判所の判決を維持し、故内藤昭市先生(元京都市立梅屋小学校教諭)の死亡を公務上と認める全面勝利判決を言い渡しました。
  昨年2000年1月28日に京都地方裁判所は基金支部の「公務外」認定を取り消し、内藤先生の死亡を公務災害と認定する全面勝利判決を言い渡しましたが、基金支部は不当にも大阪高裁に控訴しました。しかし、今回の大阪高裁判決は、教職員の職務が多忙でかつ神経を使うものであること、夜遅くまでの持ち帰り残業が常態化していることなどを正確に事実認定するとともに、その背景にゆがんだ同和行政や遅れた教職員配置の実態、異常な管理統制があることを明らかにし、こうした実態をつくりだした京都市教育委員会の責任を厳しく断罪した画期的な判決となりました。
  また、判決では、当時の梅屋小学校が、京都府の教員配置基準を下回る「先生の足りない学校」であったこと、さらに教職員人事が、9名の教員のうち、5名が転入者(うち1名が新採、2名が常勤講師)という異常なものであったこと、校務分掌について、内藤先生が2学年の学級担任に加え、教務主任、同和教育主任、体育主任を含む17の校務分掌を担当したこと、中でも教務主任は中間管理職的な地位にあり、校長ら管理職と一般の教職員の双方に対して神経を使う立場にあったこと、同和教育は「その対応を誤ると人権問題、差別問題として糾弾されかねないため極めて神経を使うもの」であったことなどを細かく認定し、その結果、約1年間にわたって内藤先生の心身に加えられ続けたストレス及び疲労の蓄積は相当な程度に達していたもので、職務の過重による疲労の蓄積とストレスが死亡の原因となったことを肯定し、内藤先生の死亡の公務起因性を認定したものです。

全国からの「上告するな」のご支援に、心からお礼申し上げます。

 判決後は、報告集会や勝利判決を確定させるため、基金本部および支部に「上告するな」の要請運動にとりくみ、短期間の間に多くの要請書が全国から届けられました。連日の府庁前での早朝宣伝行動には、京都府職労・宇治市職労・職対連の仲間と教職員組合がとりくみ、宣伝後、基金支部への要請行動、また、東京の基金支部に対しては、内藤さんをはじめ弁護団・全教・京教組・府立高教組・市教組などが「上告するな」の申し入れを2回おこないました。

本当にありがとうございました。     

2001年3月6日                    
内藤先生の公務災害認定をかちとる会    
京  都  市  教  職  員  組  合    
京  都  教  職  員  組  合