京都の高校教育制度の破綻に目をふさぎ、学校現場の困難を見ない、
上からの一方的な「教育改革」では21世紀の京都の教育は展望できない
〜「府立学校の在り方懇話会」の「中間まとめ(高校教育部会)」に対する見解〜
2000年12月21日 京都府立高等学校教職員組合執行委員会
本年5月31日に発足した「府立学校の在り方懇話会」(以下「懇話会」)は、わずかに6カ月を経た12月1日に「府立学校の在り方について(中間まとめ)」(以下「中間まとめ」)を発表した。
この「中間まとめ」は、京都府教育委員会(以下府教委)の教育長から、「社会の変化に対応した高校教育及び障害児教育の在り方に対する検討の依頼」を受けていたことに対するものである。「懇話会」は22名の委員で構成され、高校教育部会と障害児教育部会の2つの部会が設置されている。今回の「中間まとめ」では、高校教育部会が「個性化・多様化に対応した府立高校の在り方」、障害児教育部会が「府立養護学校の配置の在り方について」を報告している。
そのテーマからわかるように、京都府の高校教育にとって極めて重大な内容をもつものである。憲法と教育基本法をいかした民主的な学校と教育の発展をめざす私たち府立高教組として、「中間まとめ(高校教育部会)」に対する見解を明らかにするものである。
1.はじめから「在り方」の決まった「検討」か
「懇話会」の高校教育部会は12名の委員で構成されているが、高校からは府立高校の校長が1名参加しているだけで、障害児教育部会も同様である。私たちは、かねてから教職員組合の代表を含む現場教職員を委員に加えるよう強く要求し、学校現場の実態が反映した検討となるよう主張してきた。府教委は、一部の校長を加えることで現場の意見が反映されているとしてきた。しかし、「懇話会」委員が視察した2つの養護学校で、教職員が「現場の状況を知ってもらうためぜひ委員の方と懇談したい」と申し入れたにもかかわらず応じなかったことは、現場の声を聞こうとしない姿勢を如実に表している。
さらに、これほど重大な内容の検討にもかかわらず、審議時間は極めて短時間である。開催時間が不明な11月21日の会議をのぞくと、全体会が3時間、高校教育部会が6時間余となっている。またホームページで公開されている審議内容を見る限り、事務局(府教委)から過去の「答申」や「報告」の説明を受け、各委員の意見交換が行われているにすぎない。そこには調査データなどに基づく高校や障害児学校の実態把握や科学的な分析は見られず、府教委の資料説明を聞くことに終始している。とても「懇話会」としての独自性はうかがえない。
そして、「今後は、検討項目を『生徒減少に伴う府立高校の適正規模等の在り方』に移し、…最終まとめを行う」として、高校教育制度の議論は完結したとしている。私たちは、京都の子ども達の未来を左右する重大な問題が、このように簡単に済まされていることに暗澹たるものを感じざるを得ない。
以上の点を考えると、はじめから「在り方(結論)」の決まっている、政府・文部省の路線を踏襲し、その「京都版」を打ち上げているにすぎない形式的な「中間まとめ」と言わざるを得ず、こうした姿勢は、高校教育部会の「中間まとめ」ではとくに顕著である。
2.高校教育制度の矛盾を取り繕ってきた現状をどう分析するのか
1985年に府教委は、教職員や広範な府民の反対を押し切って、全国に誇る「高校三原則(小学区制・総合制・男女共学)」を崩壊させた。その後の15年余は、まさしく高校教育制度の矛盾を取り繕うために改悪に改悪を重ねてきたものであり、それが京都の子ども達に様々な苦悩をもたらしたという現状認識がまったく見られない。
(1)「中間まとめ」の基本的な認識は、高校は「中学校卒業生のほぼ全員が進学する国民的教育機関」であり、その「機能の充実と責務を果たすことが求められて」いるとしている。しかし、2000年春の中学卒業者の高校進学率は、全国平均を下回る95.1%(通信制課程進学者除く)と全国37位に落ち込み、「15の春を泣かせる」ものになっている。
また2000年度入試では、大量の不合格者を出した通学圏、深刻な通学区域の歪み、U類の大幅な定員割れが起こった通学圏、などの問題が噴き出した。そして、市内定時制では多数の志願者が締め出され、朱雀高校通信制では生徒急増に歯止めがかからない状態が続いている。これらは、現行の類・類型制度や通学圏制度の矛盾が一層深刻になったものに他ならない。
(2)「中間まとめ」は、現行の高校教育制度が「生徒一人一人の能力や個性を十分に伸長し、創造性豊かな人間を育成することを基本理念」としている。しかしこの理念とは裏腹に、各公立高校に画一的な類・類型制度を設定し、「類・類型の選択科目は10単位以上認めない」などと硬直した教育課程を押しつけてきた。こうした類・類型制度が、「個性を伸長」し「創造性豊かな人間を育成する」どころか、すでに破綻していることは、「懇話会」での委員の意見をみれば明らかである。私たちの批判に耳を貸さず、現行制度に固執し小手先の細工に終始してきた府教委などの責任こそ問われなければならない。
(3)この間府教委が行ってきたU類の再配置、単位制・総合学科の導入、新しいタイプの専門学科の設置は、通学区域をさらに拡大し、「特色づくり」「多様化」の名のもとに学校間格差を一層拡大している。そして、中学生や父母にわかりにくい複雑な入試制度が年々進行し、中学校教育や高校入試を一層歪めている。
(4)一方で府教委は、30学級を超えるマンモス校を放置し、30人学級実現や私学助成の増額を求める府民の声には冷淡な態度をとっている。現行の高校教育制度が始まった1985年を境に、高校生一人当たりの京都府の教育費が全国平均を下回ったことに象徴されるように、高校の「多様化」「格差づくり」は、教育予算を削減する「教育リストラ」と一体で進められてきた。
(5)「中間まとめ」は、「生徒の価値観や職業観が多様化し、従前の普通科志向から特色ある専門学科への希望が増加」「学校選択の基準を類型でなく、学校の特色をおいている」としている。前述のように、府教委は「特色ある学校づくり」の名のもとに学校間競争を激化させ、 いわゆる「いい子取り競争」を府下全域に拡大してきた。府教委は、高校教育部会で大学合格者と高校総体出場者の資料を示して、その「成果」を誇っている。しかし多くの子どもたちが、こうした異常な学校間競争の中で展開される「管理と競争の教育」に苦しみ、多くの父母・府民が公立高校の在り方への疑問を抱いているのである。
こうした現状を見ず、「現行制度を充実・発展させた『新しい多様で柔軟な教育システム』を構築することが必要である」とするのは、「中間まとめ」がいかに学校現場から遊離したものであるかを物語っている。「個性化」「多様化」という言葉が至るところで使われている。しかしこの「個性」観は、府教委の担当者が「学力の低い高いも一つの個性だ」と述べているように、文部省の「新学力観」にもとづいた歪んだものと言わなければならない。そこには「どの子にも確かな学力を」「希望する子に高校教育の保障を」という姿勢は見られない。
「中間まとめ」が、こうした京都の高校教育制度の現状に目をふさぎ、安易に文部省が全国に押しつけている「教育改革」路線の後追いをするものとなっているのは極めて残念である。
3.子どもたちを異常な競争の嵐にまきこむ驚くべき「多様化」政策
「中間まとめ」は、今後の高校教育制度の基本方向を次のように述べている。
@総合学科の増設、定時制への柔軟なシステムの導入、中高一貫教育の導入など、特色ある学校づくりを推進する。
A学校の特色づくりに当たっては、各学校が役割を分担する。
B各学校の特色に応じて生徒が希望する学校を選択できる選抜方法や通学区域の在り方を検討する。
これは、類・類型制度が破綻したにもかかわらず、それをさらに一歩進めて、各学校に違った「特色」「役割」を持たせ、それにそった入試制度や学区制を導入するというものである。
さらに、三つの協議の柱にそって具体的な内容をまとめている。
(1)第1の柱である「教育内容の在り方」では、「生徒の能力・適性、興味・関心等に対応した教育内容と方法を準備することが必要」としている。これは、前述の「基本方向」や、この間行われてきた「U類の適正配置」などから見て、「U類の高校」「T類の高校」を作ろうとしていると考えざるを得ない。これは明らかに普通科の細分化であり、高校ごとの役割を完全に選別化するものである。
(2)第2の柱の「学科構成の在り方」では、全日制では普通科を減らして総合学科の増設や特色ある専門学科を増やすことを提言している。これは京都の公立高校制度を根底からくつがえす重大な内容である。
第1は、嵯峨野高校・京都こすもす科などのように、京都府下全域を校区とする「新しいタイプの専門学科」をさらに増やしていこうとしていることである。これは、全国で進められている高校の「多様化」政策をまったく無批判に展開させていくことであり、「多様な個性」に合わせた「多様な高校」を用意することが、高校の「ランクづけ」を一層進行させていくことは火を見るより明らかである。
第2には、総合学科を「多様な個性を持つ生徒の希望にこたえる新たな学科として注目されている」と手放しで賞賛し、その増設を提言している。またある府立高校では、すでに「総合学科設置の検討」が指示されているといわれている。「懇話会」すら軽視した府教委の先走り姿勢が見えている。
総合学科とは、@普通科・職業学科と並ぶ「第3の学科」に位置づける、A単位制と幅広い科目選択、B「産業社会と人間」の履修と好ましい進路意識・職業観の育成、などを特徴としている。しかし全国的な状況を見ると、総合学科の設置が学校統廃合(リストラ)に利用される、豊富な選択科目が保障されず2年目から希望者が減少する、早期の進路選択による不適応が増大し中退率が高いなど、その効果を疑問視せざるを得ないのが現実である。高校三原則がめざした総合制とはまったく異質なものである。
文部省は、財界の「21世紀を担う“人づくり政策”」を背景に、将来の高校体系を「2割の普通科(大学進学に対応)・2割の職業学科(専門性を持った職業人育成)・6割の総合学科(その他の多様な進路に対応)」に再編する意図を持っているといわれる。総合学科が、安上がりの労働力政策に呼応するものであることは明らかである。
(3)「中間まとめ」では、「柔軟なシステムの導入」の名のもとに定時制・通信制教育の大幅な改変を意図している。具体的な言及は避けているが、他府県で設置が進められている3部制、あるいは4部制といった大規模な定時制高校を志向していることは、審議内容を見ると明らかである。こうした「新しいタイプ」の定時制(通信制)高校が、「多様なニーズに応える」としながら、小規模できめ細かな教育を行ってきた定時制の統廃合につながっている。また、「規制緩和」の名で進められている安易な単位認定や単位互換が、定時制・通信制教育の切り下げにつながるという心配も懸念されている。
京都の定時制・通信制はすべて全日制と併置されて同じ校名を使い、同じ教育を保障しようという努力が長年続けられてきたが、こうした努力を根底からくつがえすものである。
(4)最後に「選抜方法の在り方」で、大幅な入試制度の改変を提言している。
@「希望する学校を選択できる選抜方法」、すなわち学校毎の単独選抜を大幅に導入し、総合 選抜制度を葬り去ろうとしている。
A「より多元的な評価を取り入れた選抜基準を検討する」として、高校入試の大幅な改変を意 図している。
B「通学区域の見直しや通学圏の再編」を意図し、単独選抜の拡大とあわせて、通学圏の拡大 と大学区制化をねらっている。
また「関連意見」では、「1時間くらいの通学時間は普通」「通学範囲は、広い方が特色ある学校の選択幅が拡大する」という主張を押し出し、学区拡大(地域制破壊)を進めるための露払いをしている。現実に起こっている長時間通学の問題点を見ない議論だと言わなければならない。
こうした大改変が、過酷な受験競争を一層激化させ、地域に根ざした高校を根こそぎ破壊して、「輪切り」による深刻な学校間格差をより一層深刻にしていくことは明らかである。「学校を選択できる」「学校の選択幅の拡大」がうたわれているが、これが一部の子どもだけが「選択」できることに他ならず、この「選択」をめぐるさらなる競争の激化が、中学校の教育を一層歪めていくことは火を見るより明らかである。子ども達にこれ以上過酷な競争を強いる入試制度の改悪に、私たちは反対を表明する。
4.次に押し寄せるのは高校統廃合と教育リストラの嵐
「今後の検討に向けて」では、「平成16年頃にはピーク時(注・昭和62年)の約55%になる」として、学校数等の再編統合を図るべきとしている。これは、「特色づくり」「多様化」の拠点校を作りながら周辺の高校を統廃合し、安上がりの教育を進める全国の動向と合致している。すでに東京では30数校、大阪では普通科を減らして総合学科等に再編しながら20校を削減する計画が進行している。他府県でも「少子化」の名のもと、高校統廃合計画が次々と打ち出されている。高校の「特色づくり」と「学校選択の拡大」が、高校統廃合、すなわち高校つぶしに利用され、一層の教育リストラの道を開くことは明らかである。
私たちは、生徒減少期だからこそ、「30人学級の実現」「少人数講座や多様な選択科目の保障」などが可能になると考えている。そして、それは国民的な世論ともなっている、切実な願いである。こうした願いに背を向けた高校統廃合が、府民の支持を得られないのは当然である。
5.高校三原則の伝統を持つ京都でこそ新しい高校制度の確立を
少年による相次ぐ凶悪犯罪が社会に大きな衝撃を与えている。小・中学校の不登校は約13万人と、文部省が調査を開始して以来最高の数に達し、高校中途退学者も10万3千人を数えている。子どもと教育をめぐる状況は極めて深刻である。本来豊かな人格的資質を育むべき教育の場で、猛烈な競争の教育が行われてきたことがいかに子ども達の苦悩を深いものにしたかということを考えなければならない。今こそ管理と競争の教育、差別と選別の教育から決別すべき時である。
しかし、「中間まとめ」が進めようとする「特色づくり」「多様化」路線が、以上見てきたように、決して今日の高校教育がかかえる課題に応えるものでないことは明らかである。
多くの子どもや父母、現場で苦闘する教職員が願っているのは、希望するもの全員が格差のない地域の高校で、安心してのびのびと学べることである。30人学級を実現して、基礎学力の充実と選択の保障で希望の進路実現をめざす高校づくりである。高校三原則の伝統を持つ京都でこそ、その立場に立った21世紀の新しい高校教育制度を確立する可能性が開かれるのである。
私たち府立高教組は、「懇話会」が校長以外のナマの学校現場の声に耳を傾け、子どもや父母・府民にも開かれた場となることを重ねて要求するとともに、子どもと教育を守る府民的討論と取り組みを進めていくため、一層奮闘することを表明するものである。